ふくりび理事長☆赤木と事務局長☆岩岡の活動日記です。


by fukuribi
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第一章はこちらから
①19年に亘る福祉理美容活動のきっかけhttp://fukuribi.exblog.jp/19439399/
②ありがとうのありがたさhttp://fukuribi.exblog.jp/19455906/

第二章
③第一の壁http://fukuribi.exblog.jp/19465218/
④地域一番店になりたいhttp://fukuribi.exblog.jp/19535345/
⑤飛び込み営業で突然始めた「訪問理美容」http://fukuribi.exblog.jp/20800324/
⑥一人のおばあちゃんと向き合い、訪問理美容を広げる決意をする
http://fukuribi.exblog.jp/20828589/

第三章
⑦第2の壁は2重構造!?
自分と同じように訪問理美容を通して、いろんなことに気付いて欲しい。と、順にスタッフを介護施設へ連れて行った。

スタッフだけに任せるようにもなってきたある日、忘れ物を届けるために、施設に顔を出すと、スタッフの一人が認知症のお客さんを雑に扱っているのを見て、大きなショックを受ける。
「あれだけ教育したつもりでも、自分のスタッフがサロンではお客様を大事にするのに、介護施設では、なぜ同じように、できないのだろう?」
目の前のお客様に向き合って欲しかった。

当時サロンのカット代は3600円、対して施設では500円
安い仕事だと考えて手抜きをしているスタッフを見て、悲しくなった。
そして大切なことを上手に伝えられない自分を情けなく思った。
「技術だけではなく、心の教育もしていかないといけない。お客様に寄り添える福祉理美容師を育てたい」と強く思った。
しかし、この思いが空回りをし続ける。

定休日に続けていた訪問理美容。
サロンスタッフからは「定休日に仕事したくない、高齢者とか興味ない、カッコ悪い」と言われ、反発された。

「2店舗目を出すんじゃないんですか?」

理美容業界では、一般的に、店舗を展開していくことが「すごい」という価値観であり、またそんな時代でもあった。
「今後、お客様と向き合って仕事をしていく上で、絶対に福祉理美容という考え方は重要だ、もっとこの分野での活動を広げて行きたい」という僕は、スタッフと真っ向対立。

技術も想いも上手に伝えることができず、プレッシャーや自信の無さから、イライラして、怒ってばかりの毎日。
今考えれば、僕が経営者として未熟で、自分の仕事への価値観をスタッフに押し付けていただけで、彼らの思いや不安に寄り添えていなかったのだけれど、当時はもう必死だった。

技術面での自信の無さと、経営者としての勉強不足の2重構造になった大きな壁が、このあと数年に亘り、目の前にそびえ立つ。

朝礼・夕礼で、毎日毎日熱く語り続け、うざい「説教社長」に。
深夜12時を回ってもサロンで練習やミーティングをしている日が続き、身も心もボロボロ、社内ではストレスMAX。
社外で他職種の経営者に色々と相談をするものの、元来すぐに人を信じてしまう僕は、結局騙され、安易に高額の契約をしてしまったり、飲み代を払わされたり。
まったくもって、八方美人は八方塞がりである。

2号店出店を検討し、経営セミナーに出たりするものの、自分の経営スタイルを見いだせず、悩む。

模索しながら、クリスマスのイルミネーションを始めたり、小学校でイベントやったり、カブトムシ配ったり、お祭りで金魚すくいやったり、もう、ありとあらゆるチャレンジをし続ける。
地元の名物店として、行政の広報の表紙を飾ったり、新聞に載ったり、TV局までが来はじめる。
が、心の底からスタッフを信用することができず、誰にも本当の気持ちを打ち明けられず、孤独感は増すばかり。
置き手紙一つで突然離職されたり、レジから売上をくすねるスタッフがいたりと、もう毎日が面白いくらいに上手くいかない。

どうする?俺!!! 
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⑧壁の向こうにあったもの に続く
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by fukuribi | 2015-02-07 15:06 | ふくりびのつぶやき
第一章はこちらから
①19年に亘る福祉理美容活動のきっかけhttp://fukuribi.exblog.jp/19439399/
②ありがとうのありがたさhttp://fukuribi.exblog.jp/19455906/

第二章
③第一の壁http://fukuribi.exblog.jp/19465218/

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第二章
④地域一番店になりたい

26歳で店を持ちたいという、夢の期限ギリギリの27歳の誕生日にOPENする予定で準備を進めるも、施工業者のミスで、OPEN日がずれてしまい、既に新聞折込チラシなども用意したにも関わらず、どしょっぱつから上手くいかない…。
とはいえ、平成7年3月10日、27歳の誕生日から4日後(せっかく誕生日にOPENしようと思っていたのに~)、無事に夢のサロン開業!!

OPENスタッフは、自分と奥さん(生後10ヶ月の子供を、僕の母親がバックルームで子守をしながらの家内工業状態)とパートの女の子1名。
それでも新興住宅街でのNEWOPENとあって、大盛況で売上はうなぎ登り!!次々とスタッフを採用し、順調に売上を伸ばしていった。

その一方で、1月の阪神大震災、OPEN直後の地下鉄サリン事件など、自身の人生観や価値観も大きく揺さぶられるような出来事の多い1年だった。バブル崩壊の後も、名古屋では余波としてしばらく好景気が続いていたので、周りの同業者の仲間は右肩上がりの成長を期待して浮かれ気味だったが、僕は、サロンの今後や経営について、人一倍不安を抱えていた。

「このままのイケイケGoGoでバブルを引きずる経営スタイルでは、やがて経営が厳しくなる、もっと地に足を付き、地域に愛される「地域一番店」を目指すにはどうしたら良いのか?」

そんなことを考えながら、定休日に店の周りを車でウロウロしていた時、ふと、名古屋市の古い老人ホームが目に留まった。

この時、「差別化戦略」を考えていたわけではなく、CSRなんて言葉この時には全然知らなかったし、
とにかく、この場所で長く地域に愛されて、たくさんのお客様に来ていただきたいという
経営者としての想いから、様々な工夫をしてきた。
近所の保育園に雪をプレゼントしたり(岐阜県のスキー場から大型トラックで雪を運んできて、サンタさんの
格好をして、2つの保育園の子供たちを喜ばせた、が、その後すぐに名古屋で大雪が降った…)
クリスマスのイルミネーションは、今や地元の名物。
日進市で育った子供たちは、一生クリスマスイルミを見るたびに、僕の店を思い出すはず、
それって、結構素敵なことだと僕は思っている。

毎年毎年、ただ商売を続けているだけでなく、誰かの思い出の中に組み込まれていくお店づくり。

「あー、懐かしいね、クリスマスに毎年あの店の前を通ったよね~」と
記憶に残るお店づくり。
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そんな地域一番店になりたいとあの頃からずっと、
今日も考えながら過ごしている。

⑤飛び込み営業で突然始めた「訪問理美容」につづく…
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by fukuribi | 2014-03-05 19:20 | ふくりびのつぶやき